名古屋地方裁判所 昭和38年(ワ)969号 判決 1968年2月27日
原告 浜島茂生 外六名
被告 国 外三名
訴訟代理人 松崎康夫 外六名
主文
原告らの本位的請求を棄却する。
原告らの予備的請求中被告国に対する部分を却下し、その余の被告らに対する部分を棄却する。
訴訟費用は原告らの負担とする。
事 実 <省略>
理由
第一、原告らの本位的請求について。
一、本位的請求の原因第一、二、三項の事実は原告らと各被告らとの間において争いがない。
二、原告らは、被告国において本件溜池を昭和二三年一〇月二日附で自作農創設特別措置法(以下「自創法」という。)第三条の規定により買収したとしてその旨の登記を経由しているが、右買収処分は不存在または無効であり、被告国は本件溜池の所有権を取得しなかつたものであると主張し、被告らはこれを争う。よつて、以下原告ら主張の違法原因について順次判断することとする。
三、原告らの本位的請求原因第三項(1) 、(2) の主張について。
原告らの主張に副う原告浜島茂生本人尋問の結果は後記証拠に対比し措信することができず、他に原告らの右主張を認めるに足る証拠はない。かえつて、<証拠省略>を綜合すると、本件溜池は本位的請求原因第一項記載の七名のほかなお四名(合計一一名)の共有に属し、右一一名は上野町大字名和地内に本件溜池以外にも小作地、溜池を共有しており、この共有関係は俗に十口(とくち)共有と称されて来たこと、十口共有者は古くは共有地管理のため年貢を定め、毎年その番に当つた者において小作人との種々の折衝、年貢の収受、地租の納付等管理事務一切を処理してきたものであること、終戦後においては管理者が右のように毎年交代するということは行われなくなつたけれども、地元において郵便局長を勤めていた訴外山口俊治(原告山口幸彦の先代)が従前の年番の事務を執行し、全共有地の管理一切に当つていたほか、原告浜島茂生も積極的に訴外山口を補助していたこと、しかして、本件溜池等共有地は土地台帳上原告早川与一が共有者の筆頭者として記載されていたので、税金の納付告知書その他共有地に関し所轄町役場から共有者らに対し送付される書類はすべて原告早川に届けられていたが、同原告は教員を奉職し知多郡内を転々として勤務し上野町に居住していなかつたのみならず、その共有持分も僅少であつたため、何時の頃からか前記のごとき書類も直接右山口俊治に交付されるようになつていたこと、このようにして昭和二三年にいたるや上野町溜池委員会は本件溜池が自創法第一五条所定の溜池用施設に該当するとして原告早川与一外一〇名の共有者に対し、本件溜池の買収計画を樹立したが、これに対し何ら異議申立がなかつたので、愛知県知事は昭和二三年一〇月二日右同日を買収期日とし、被買収者を原告早川与一外一〇名とする愛知ちNo.一三二一号買収令書を発行してこれを訴外山口俊治に交付したこと、右買収令書の交付に対しても右山口俊治はもちろんその他の本件溜池の共有者(ことに原告浜島茂生は当時上野町農地委員会の農地委員であつた。)から全く異議訴願の申立がなく、買収の対価も後記のように山口俊治に支払われていること、しかして爾来本件溜池は後記のように被告農協(およびその前身たる農事実行組合)の所有とされその管理に移つて約一三年の長年月を経過したがその間本件買収処分について何ら紛議を生じたことのないこと等の事実を認定することができる。
右認定の事実関係によれば、本件溜池の共有者らが、右山口俊治に対し特に本件買収令書を受領する権限を委任したとまではいえないけれども、右共有者らは本件買収令書が山口俊治に交付された事実を了知し、これに対し追認を与えていたものと解するのが相当である。しかして、自創法に基づく買収処分において、被買収地が共有に係るものであるときは、各共有者ごとに買収令書を発行交付して買収を行うのが本則ではあるが、誤つて共有者全員について一通の買収令書を発行しこれを共有者の一人に交付したにすぎない場合においても、右買収令書が交付されたことを他の共有者において了知し、しかもこれを是認しているならば、右瑕疵はこれによつて治癒せられ、買収処分は違法のものとなるというべきである。しからば、本件においても、買収令書が山口俊治以外の共有者に交付されなかつたからといつて、ただちにその共有者に対する関係において本件買収処分が不存在ないし無効となるものではない。よつて、原告らの主張は理由がない。
四、原告らの本位的請求の原因第三項(5) 、(6) の主張について。
原告らは、本件溜池は自創法第三条所定の農地ではないにかかわらず、本件買収処分においては、これを農地として買収している旨主張する。しかしながら、原告らの右主張を認めるに足る証拠は全く存しない。かえつて、<証拠省略>を綜合すると、本件溜池については自創法第一五条により買収計画が樹立され買収令書の交付にいたつたものであつたが、その後訴外上野町農地委員の書記が所轄登記官に対し本件買収登記を嘱託するに際し、誤つて自創法第三条による買収登記をなすことを嘱託する旨誤記したため、別紙登記目録(一)記載のごとき登記がなされるにいたつたものであることを認めるに充分である。してみると、原告らの右主張は理由がない。
さらに、原告らは、右のごとき登記簿上の誤記は、ひいて本件買収処分自体をも不存在ないし無勅ならしめると主張するが、買収処分は買収令書の交付によつて完結し、登記簿上の記載は買収処分を公示するため行われるものにすぎないから、登記簿上の表示の誤謬が過つて買収処分自体の効力に影響を及ぼすごときことがあり得ないことは多言を要しない。原告らの右主張も失当である。
三、原告らの本位的請求原因第三項(7) の主張について。
原告らは、本件溜池は本件買収処分当時農地溜池に利用されていた事実はないから自創法第一五条の農業用施設には該当しない旨主張する。しかしながら、右原告らの主張に副う原告浜島茂生本人尋問の結果は後記証拠に対比し措信しがたく、他に原告らの右主張を認めるに足りる証拠はない。かえつて、<証拠省略>本件溜池は上野町東側の丘陵地帯の自然水を貯水し用水路を通じて名和前新田の灌漑に利用されてきたもので、名和前新田の耕作には必要なものであつたこと、しかして、本件溜池について右名和前新田農地の政府売渡を受けた者から買収の申請があつたので上野町農地委員会はこれに基づき買収計画を樹立し前記のように本件買収処分が行われたこと、被告国は本件溜池を買収したうえ昭和二三年一〇月二日付で右名和前新田耕作者等をもつて組織する農事実行組合の代表者である小島清一にこれを売り渡したが、昭和二八年九月二〇日右組合が法人に改組されて被告農協となつたので、右小島清一に対する売渡を一たん取消し、改めて同二九年四月一日被告農協に対し売渡処分をしたこと、本件溜池はその後も引続き名和前新田を灌漑するため使用されて来たが、昭和三四年にいたりいわゆる伊勢湾台風のため致命的な損傷を受け本来の用途に供し得なくなり、かつ、名和前新田において他の溜池から農業用水の供給を受け得るようになつたため不用となつたこと、そこで被告農協は右台風の被害復旧に要する資金を捻出するため本件溜池を分筆して被告山盛、同小島に売却し別紙登記目録(三)、(四)記載のとおり同被告らに移転登記をなしたものであること等の事実を認めることができる。してみると、本件溜池は本件買収処分当時自創法による買収農地の利用上必要な農業用施設であつたものということができるから、原告らの前記主張は理由がない。
六、原告らの本位的請求原因第三項(3) 、(4) の主張について。
原告らは、本件溜池の買収による対価がその共有者らに支払われていないから本件買収処分は無効である旨主張するが、本件買収による本件溜池の対価が現実に被買収者に支払われていないということは、本件買収処分自体の瑕疵にはあたらないから原告らの主張は、それ自体失当である。のみならず、<証拠省略>事実関係を綜合すれば、本件溜池の対価一万七〇六四円九〇銭は前記山口俊治において原告早川与一ほか一〇名の共有者の代理人として支払を要求したので、右山口に対しこれが支払がなされており、他の共有者においてもこれを了知して何ら異議がないものであることが認められる。よつて、原告らの右主張は理由がない。
七、以上の次第であるから、本件買収処分の不存在ないし無効であることを前提とする原告らの本位的請求は失当として排斥を免れないものである。
第二、原告らの予備的請求について。
一、まず、被告国の本案前の抗弁について判断するに、原告らは被告国に対し農地法第八〇条に基づき本件溜池を原告らに売渡すべきことを求めているところ、原告らの右予備的請求は行政庁に対してではなく、国に対する請求という形態をかりてはいるが、その実質において農林大臣に対し本件土地を原告らに売払うという行政処分をなすべきことを求めていることに帰着するものである。しかるところ、行政庁に対して行政処分をなし、またはしないことを命ずる給付の訴は、裁判所が行政権を行使しあるいは行政庁を監督する結果を招来するものであつて三権分立の原則をみだすことになるから許されないものであること多言を要しないところである。それ故被告国の本案前の抗弁は理由があり、原告らの予備的請求中被告国に対する部分は不適法として却下を免れないものである。
二、しかしながら、以下念のため、右予備的請求に対する当裁判所の判断を示すこととする。原告らは、被告農協は自創法第一五条に定める農業用施設を買受ける資格のある者に該当しないから、被告農協に対する売渡処分は無効である旨主張する。しかして、被告国が本件溜池を昭和二九年四月一日付で被告農協に売渡したことは前記第一の五において認定したとおりであり、右売渡処分が当時の農地法施行法第三条第二項、自創法第二九条第一項により行われたことは当事者間に争いがない。しかして、自創法第二九条第一項、自創法施行令第二四条第一号によれば、農業用施設の買受けを申込むことのできる者は自創法により農地の売渡を受けた者のほかこれらの者の組織する農業協同組合をも含むことが明定されているところ、被告農協は右法条にいう農業協同組合に該当することは前記第一の五において認定したところにより明らかである。してみれば、被告農協に対する本件溜池の売渡処分が無効であるといえないから原告らの右売渡処分が無効であることを前提とする主張は失当である。
さらに原告らは農地法第七二条の精神に則り本件溜池を被告国において買戻し、これを原告らに売払うべきである旨主張するが、右法条は未墾地等の買戻に関する規定であつて本件溜池のごとき農業用施設に適用がないことはその立言自体に照し明白である。しかして、農業用施設に関し右法条に照応する買戻の規定は現行法上存在せず、また、右農地法第七二条の規定は私有財産権尊重の建前上厳格に解釈すべきものであるから、本件のごとき場合に類推適用することが許されないこと多言を要しないところである。よつて、農地法第七二条を根拠とする原告らの主張もまた理由がない。
三、最後に、国以外の被告らに対する所有権取得登記の抹消登記請求について判断するに、右に述べ来つたとおり本件溜池についての原告らに対する買収処分並に被告農協に対する売渡処分に無効原因が見当らない以上右被告ら三名に対する右抹消登記請求が失当であることは明白であるといわなければならない。
第三、結論。
よつて、原告らの本位的請求および予備的請求中国以外の被告らに対する部分を失当として棄却し、予備的請求中被告国に対する部分を却下し、訴訟費用の負担にづき民訴法第八九条、第九三条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 宮本聖司 藤原寛 郡司宏)
物件目録<省略>
登記目録<省略>